カモメの背を見ながら⑬

追想

この仕事を始めてから2週間ほど経っていた。

今日もきたかみは仙台港に接岸する。
オオタニさんは停泊の間の自由時間に、松島までタクシーをチャーターし観光に行くと張り切っていた。

 

そんなオオタニさんを見送ったぼくは、陸に降り立ち、徒歩でとある場所を目指す。

蜃気楼のようにかすみ、ぐにゃりと歪んだ線路を渡る。港から市街地に入ろうとするその境には、震災の瓦礫がうずたかく積み上げられている。

それらのほとんどは、赤黒く錆びた鉄くずたちで、まるで一里塚のようにぽつりぽつりと存在する。よく目を凝らすと、そこかしこにゴキブリではない得体のしれない黒い虫がわきうごめいていた。

悲しみや後悔や怒りが詰まった鉄くず。そのすえたような臭いと港の潮の香りが混じり異様に鼻についた。吐き気を覚える。ふらふらと意識が遠のいて、紫外線がちりちりと頭のてっぺんを焦がす音が聞こえたようだった。

 

歩き続けコンビニに到着すると、わき目もふらずATMに向かいキャッシュカードを挿入し、残高照会をする。5枚ほどあるカードだったが、すべての口座残高はやはり数十円だった。

それだけを行うと、万引き犯のようにそそくさとコンビニを後にする。アスファルトはスニーカーの底が溶けそうなくらい熱い。犬の散歩をしている人が居る。犬の足の裏は、大丈夫なのだろうか。熱を踏みしめつつ、歩を進める。

タバコが買いたかった。

 

帰り道のすがらすれ違う、学生。老人、主婦らしき女性、肉体労働者風の男性たち。たぶんこの人たちのなかで一番金を持っていないのは自分なんだ、と思う。

何年か前に麻布十番の駅前で見た乞食の方が、今の自分よりよっぽど金を持っていたと思い出す。

 

圧倒的に、金が、ない。でもその事実は、なんとなく清々しいものに思えた。わかりやすいといえばわかりやすい。あるかないか、と言えば、ないのだ。

オオタニさんは言っていた。

「年収一千万レベルの人間たちが一番苦しいんだよ。それぐらいの年収だと、それなりのところに住んでそれなりの格好をして、子供もそれなりの学校に行かさなきゃならない。でもそれには一千万では足りない。でも無理はやめられない。見栄があるから」

金が無い割には、苦しくはなかった。何より船に乗ってる間は少なくとも心配事がなかった。むしろ苦しそうなのは、金があるオオタニさんのほうであった。

 

例の線路まで戻ってくると、いかりを下ろしエンジンを止め幽霊船のように接岸するきたかみが大きくなってくる。煙突を見上げ、足を踏み入れる。相変わらず錆びと古い油の匂いのする船員用階段を上る。甲板の最上階にたどり着き息を整えながら海を見下ろすと、カモメ達が紙飛行機のように舞っていた。

背を見せながら啼くカモメ。いつものこの光景に心許しながら、甲板の手すりをつかんでいた指をタバコのように口に含んで舐めてみる。海の潮だか自分の汗だかわからない、塩味。そしてペンキが剥げた鉄の味。鼻から抜けるそれらをひとしきり味わいながら、ぼくはとある一つの疑問に想いを寄せていた。

 

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この記事を書いた人
MAZIO

人生わけわかんなくなった人専用メンタルセラピスト・コーチ。タロット使い。魔女系女子御用達。お笑いルポライター。狂人ドットコム記者。つまりお笑い魔道士マルフィルス。

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