カモメの背を見ながら⑰

追想

職員室につくとニシガワは、お前、立ってろ。謝るまで帰さんからな、と言い残して自分の机に向かう。担任のオザワがぼくに気づき、面倒を起こしやがって勘弁してくれよ、というような訝し気な目つきでぼくのほうをチラチラ見てくる。本来50人以上いる教員たちだったが、午後の授業のない土曜日とあって着席しているものは、まばらだった。

 

がらんとした午後の職員室の真ん中近くでガラス窓を背にし、ひとり立っていた。10分、20分、30分は経っただろうか。奴が、どうだ懲りたか?懲りただろう、というような表情をたたえ、にじり寄ってくる。「オジマ、お前はなぜソウジしないんだ?」「言う必要はありません」そんなやり取りを少しだけ経て、ニシガワは学年主任の席に戻っていく。

幾人かの教員や生徒がぼくの傍を通り過ぎていく。彼らが、何やってんだこいつは、というよな蔑視をくれる。自分が優位になる場所に連れてき、なおかつ恥をかかせ力づくで屈服させようという姑息な試み。奴ららしいやり方だ。壁の時計に目をやる。一時間過ぎた。

 

オザワは担任のくせに、まるでぼくなどこの世に居ないかのように振る舞い続けている。奴、ニシガワがやって来る。「謝る気になったか?」「いいえ。何故謝らなくてはいけないんですか」「お前がソウジしないからだ」「では、なぜソウジしなくてはならないんですか」「お前、そんなことじゃあ、社会に出てからきっと痛い目にあうぞ」「何故わかるんですか?それに、痛い目にあえばいいじゃないですか。そのときになって痛い目にあえばいいんです」しんとした職員室に我々の声だけが、まるで銭湯で風呂桶が転がる音みたいにからんからんと空しく響いていた。

 

お前、もう帰れ。帰っていいぞ。苦虫を噛み潰したような顔のニシガワ。自分が帰りたくなっただけだろう。ぼくは、やれやれ、勝ったぞ、と思いながら出口へ向かった。そこで初めてオザワが近づいてくる。お前なあ、ええ加減にせいよ。わしまで恥かくやないか。ユーモアもない真実もない、フェイクした微笑。清掃の時間から、二時間過ぎていた。

平気だった。あと何時間でも立っていられた。ぼくが長い間立てば立つほど、かえってニシガワや他の教員たちの不条理さが際立つだけだと思っていた。ざまあみろ、と。

 

だがこんな事で心が晴れるはずもない。結局は虚しいだけだった。こうして大人に牙を剥き、もがけばもがくほど、全身にクモの糸のようにまとわりつく厭世感が、より強く身体に絡みつくばかりだった。

どこか、遠い国に行きたい、誰もぼくを知らない国で、羊飼いにでもなりたい。あのペーターみたいに大自然の中で、家畜を飼って暮らしたい。卒業の時、生徒全員に配られる記念冊子のひとこと欄に「この世界のどこに行けば心が洗われるのでしょうか」と書き記してそこを去った。

 

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この記事を書いた人
MAZIO

人生について考え考え研究して研究して体験して体験して出た答えは「人生には意味がない」。人を笑わすことが大好きかつ自分が笑うことも大好き。2009年からコーチングのセッションやってて歴10年目に突入。タロットも同じくらい。個人セッション受付中。得意ジャンルは人間関係、お金、目標達成など。モットーは「光と闇は同じもの」。

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