当時付き合っていた彼女に、ニシガワとの成り行きを語る機会があった。
「なんで、みんなあんなに不器用なのかね。どうして自分を偽るんだろう?」
「あなたほど、不器用な人は居ないと思う。」
軽いノリで語っていたぼくに対し、彼女の表情は真剣だった。
ぼくは去勢された羊の群れのようなクラスメイト達に、同情のような念を抱いていた。なぜ自分を偽るのか不憫でならなかった。救わねばとさえ思っていた節さえある。でも彼らから見たら馬鹿正直な出来損ないのぼくのほうが、よっぽど可哀想な人だったようだ。
今やそのクラスメイト達は従順にいっぱしの企業に勤め続け、信頼を積み上げ出世し給料を上げていた。それぞれに家庭を築き、都内や地方都市の一等地に一戸建てやマンションをつぎつぎ購入する、同級生たち。
彼らの住処が光とするなら、ぼくはもっぱら闇の世界に生きていた。
事業の失敗、莫大な借金、精神病、リストラ、離婚、飲酒運転した末の交通事故。手ひどい挫折があった。挙句の果てに犯罪に手を染め、奈落の底に落ちた。健康、幸福、富、成功。追い求めていたものや手にしていたものは、ほとんど毀(こわ)れてしまった。
どうせ死ぬのに、なぜこんな苦しみを生きる必要があるのだろうか。
*
「人は魂を磨くために生まれてくる。この世は学校、学ぶために生まれてくる。試練は必要なこと。」
「自分とはいったいどういった存在なのか思い出すため、この世はある。神は人間に罰を与える存在ではない。」
「この世は望まざるものを体験し望むものを知る世界。愛でないものを知り愛を知る世界。」
「我々は光である。光は闇の中にいないと自分が光であることを理解できない。だから闇であるこの世を創造した。」
これまで培ってきた様々な観念が頭に浮かぶ。だがそれらはもはや遥かいにしえに作成された古地図の切れ端のように、まったく何の指針も示さなかった。
*
深夜の船はうなりをあげながら、漆黒の太平洋に白い波を切って進む。今夜も12時過ぎた甲板には自分一人だ。今この大きな黒い海に身を投げれば、それに誰も気づかずまず助からないだろう。津波で流された身元不明の骸骨たちが、ゆらゆらり手招きをする。海から来たこの生命が海に還るのも理にかなってるし、悪くはない。落ちた肉体はきたかみの巨大なスクリューに巻き込まれ、切り刻まれるだろうか。そのあと得体の知れない生物に食いちぎられるだろう。
遠く陸の方に目をやるがそれは遠く、灯台の光も街の明かりも潰えていた。物理的にも精神的にも、どこに居るのかわからなかった。
果たしてぼくは、あのニシガワのあの予言通りに、痛い目にあったのだろうか。
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