カモメの背を見ながら㉒

追想

ほんとうは、君が現実だと思っているものは夢で、君が夢だと思っているものが現実なんだ。

バックが書いた「イリュージョン」に、確かこんなような事が書いてあった。20歳の頃から妙にこの文句が好きで、座右の銘じゃないけれどこの言葉を心の中の大切な場所に携えながら、生きてきた。いまその言葉が心から飛び出して現実味を帯びていた。

この世が夢ならば、では現実はどこにあるのだろう。きっとそれはあの世、この世と紙一重の場所。幕が下りた劇場の客席と舞台の関係みたいに、すぐそばにあるのは感じるけれど目には入らない所にあるのだろう。

ともあれこの世はイリュージョン。でもぼくはこれを現実だと受け止めて生きていくつもりだ。そして、苦しんだり悩んだりすることを必要以上には拒絶しない。それらは、ここで喜んだり楽しんだりするためには必要なことだからだ。だけれどあまりに深刻になりそうなときは、思い出してみようと思う。この世はゆめまぼろしなんだと。

 

最後の着岸が近づいてきた。きたかみは苫小牧港に向かって北上する。ぼくらは下船の準備を行う。オオタニさんは忘れ物がないか、まるでマルサみたいにベッドの下から部屋の隅々、冷蔵庫の中身までチェックする。のどごし生、はもう入っていない。

慣れた手つきで、でも几帳面にTシャツを畳みながらオオタニさんは、知り合いによく出資しているという話をする。

「焼肉屋やりたいから2000万、とか言うから金出してやらせてあげたりしてもね、結局なかなかうまくいかないんだよね。回収できない。」

それを聞いて、ぼくは300万円で良いから自分もと考えた。自分なら利益を出せると思った。最後に彼がこんな話をするのは、ぼくが独立したい自営をしたいということを航海中に漏らしていたからだろうか。

 

「オカに上がったら、ススキノのバーに飲みに行こう」

オオタニさんはそう誘ってくれたものの、とりあえず直近は前から言ってた通り、マイアミにバカンスに行くということらしく気もそぞろだった。

ぼくもぼくで誘いに乗ってみた割に、オオタニさんとこれ以上近づくことにためらいがあった。もし今後彼と交友を重ねることを望むとすれば、その目的の半分以上が金目的なのじゃないかと自分を勘ぐった。一緒に居て心地悪いわけじゃないし、決して悪い人じゃないが、毛色が違う。

エンジンのピストンのストロークが段々と小さくなってくる。うなり音と振動がフェードアウトしていく。下船だ。祭りから日常に戻されるような侘しさがあった。

 

接岸を前に、いつもの錆びと油にまみれた甲板に出る。陸からの風を微かに感じる。夏の終わりを感じさせるにおいを嗅ぎ、またひとつ季節が終わってしまったと少し感傷っぽくなった。次に来る夏の頃には、どこにいていったい何をしているのだろう。全く想像がつかなかったが、客としてこの船にもどってくるのも悪くないなと思った。

このチャーミングでたくましい、おもちゃの船のような、きたかみに。

 

カモメたちが目の前を横切り水面へ下って行き、この夢の幕を引いた。

 
 

(おわり)

コメント