なんくるなかった

追想

いわゆる古めかしい昭和のアパートの、共用玄関口にオレ達は居た。
そこは3畳くらいの広さの板の間になっており、土間には下駄やスニーカーやライダーブーツなどが雑然と並ぶ。

そこにヒラタさんが帰ってきた。白のタンクトップの肩口にはリュックの紐が食い込んでいる。足元はビーチサンダル、短パン。さながら山下清のようないで立ちだ。

「おう、おめえらよう、また飲んでんのか。泡盛ってうめーのかい?」

 

オレたちは全員、オキナワの大学生だった。

ヒラタさんはドヤドヤと部屋に入り込み、すぐさまブリーフ一枚で出てくる。玄関の脇にある共用シャワーに入るためだ。
何故かタオルの類は一切手にしていない。

 

ヒラタさんがそこに入ると10分ほど水の音が止まない。さらにヒラタさんの不気味な鼻歌が聞こえてくる。キュルル。キュルルル。何の歌なのか全く分からない。

水の音が止まるとキュルキュルという鼻歌がとまり、今度は魚が立って飛び跳ねるような音が聞こえてくる。

ピチャン!パタン!プチャン!タプン!ピチャン!パタン!プチャン!タプン!ピチャン!ピチャン!ピチャン!

だんだんと規則性を帯びてくるその音が終わり、ヒラタさんがドアを開ける。彼はタオルを持たない代わりに飛び跳ねたり犬のように身体を振るって水気を落とす癖がある。

ブリーフは茶色だ。しかも尋常な茶色ではない。元々白だったブリーフが経年と共に茶色に染まっていったことをオレたちは把握していた。ヒラタさんはブリーフを洗濯しない。ブリーフを着替えない。シャワーを浴びるときにそれを着用したまま入り、身体と一緒に洗ってしまうのだが、さすがにそれでは汚れが完全には落ちず白から徐々に生成り色に変化し、しまいには茶色になる。

 

そのブリーフの股間の尖った部分から水滴がポタリポタリと落ちている。そんなことは意に介さずヒラタさんは板の間に上がるなり、寝っ転がりながら雑談をしているオレの顔をまたぐ。よっこらしょ、という声と共にブリーフの先端から水滴がオレの頬に落ちる。

「うわあ!!!放射性物質が顔に落ちたあああ!!!」

悲鳴を上げながらヒラタさんの股間を見上げる。もはや茶色から褐色に変化しつつある白ブリーフを歩くたび交互に歪める、毛むくじゃらの太もも。

 

もし青春というものが「もう二度と帰ってこない類のシロモノ」だという定義ならば、あの風景は紛れもなき青春だった。

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