仲間なのに何故けんかする

つれづれ

「誤解というものはなく、考え方の違いがあるだけだ」今日読んだ小説の主人公がこう述べていた。
そうだ、あの娘と、そしてぼくの間には、ただ単に考え方の違いがあっただけだったかもしれない。相手との考え方の違いを理解できないと思う、そこに誤解というものが侵入してくる隙間が生まれる。

喧嘩するにつけお互い話し合って、意見を述べ合うと、ほとんど必ずぼくの方の分が悪くなった。

「君はぼくを誤解している、なぜ君はわかってくれないんだ?こんなにも君の事を大切に思っているのに、何で?」

そこにはほんとうに真剣な切実な想いがあったけれど、真摯に向き合い、話せば話すほど二人の距離は離れていき、事態は深刻になっていった。だが平和を、そして安らぎを二人とも望んでいたのは明らかだった。

でも、その平和や安らぎに対するアプローチの違い、そして考え方の違い、「それが単なる違い」であることを意識せずにいくら話し合っても、その話し合いは火に油を注ぎ状況を悪化させるだけだった。

考え方が違うことを認める、今ではそんなことなら、さよならを言うよりも100倍簡単なことのように思える。

けれど当時は難しく、そしてまるで感情的であることが正義であるかのように振舞っていた。そしてぼくはその今では100倍簡単なことに思えることにすら踏み出せないほど消耗していた。

あの日、ぼくらはさよならも言えずに別れたのだった。

この記事を書いた人
オジマ マジオ

都内在住、派遣社員。話を聴くプロ。そうしながらなんか相談に乗る人。そうしながらなんか場所を創る人。そうしながらなんか書く人。秘密厳守。 人によると、人間空気清浄機らしい。生けるお地蔵さんらしい。後ろ姿だけで癒されるらしい。居るだけで良いらしい。 好きな音楽は80年代メタル。好きなごはんは麺類。母あり子あり姉あり。

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