【グルメ】聖地で自分を愛でる③

グルメ

前回、焼肉さん太郎には顔向けできたところで終わった。

 

それでもさ、それでもさ。やっぱおれヘタレやん。お茶を濁してるだけやん。

それでもさ、やっぱ一人で焼肉食うような気分じゃかなったんだもん。しょうがなくね?しょうがなくなくなくなくなくなくなくね?

 

夕暮れの路地をサレンダーしながら歩む。うつむき、家路をたどり始める。完全降伏した。

 

ふとあのドーパミンを刺激する香りが誘う。顔を上げてみると、駅の向こうにも店が乱立していた。行ってみようかどうしようか。

焼肉店が5件ほど連なる。路地を歩きピストンのように同じ道を往復運動する。その姿はまるで、一方的に憧れている異性の家の前をウロウロする男子中学生のようだ。

 

そのうちのひとつのお店の玄関から天使が現れ手招きしているように見えた。まるで神の国にいざなうかのように。神の手。派手なシャツにエプロン。オモニ

 

 

そう、努力してもだめなとき、完全に諦めることによって夢叶うことがある。たとえばさんざん金をつぎ込んだ不妊治療をやめたときに、子を授かったりする。どう努力しても銀行の融資が却下されたから事業やめるとバンザイしたら、別ルートから資金が調達できたりする。

サレンダーすることによって神は手を差し伸べてくれる傾向がある。状況は好ましく一変したりする。

おれ、今日は一人でがんばり過ぎだったな。一人焼肉でも同行二人じゃん。力抜こう。

 

しかしここで大切なのは。というか面白いのは、最初からあきらめていると何も起こらない、ということである。

他の要因としては、鶴橋の煙がまるでクリスタルのように、オレの心のトゲを取り払ってくれたのかも知れない。とげぬき地蔵的なご利益があったのかも知れない。

成功の要因、それは、人智を超えている。

つまり因果というものは蜘蛛の巣のように、マスクメロンの模様のように、はたまた焼肉ストリートの煙のように、そこかしこに立体的有機的に張り巡らされている。決して一直線ではないのだ。

 

ジュワーという福音である。まるでオカンの体内で受精したあのときのような勝利の音色である。

脳内でクイーンの“We Are the Champions”が演奏され始め、肉汁のようにドーパミンが溢れ出したのだった。

由緒正しく一枚づつメイラード反応

お店出たあとここへ直行

焼肉のネオンをバックに太田胃散。初老あるあるである

 

(おわり)

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