カモメの背を見ながら①

追想

昼休み。

ぼくはオイルと錆びのにおいがする鉄製の階段を下って、地上に降りた。

しばらく歩いて、さっきまで乗っていた船のほうを振り返ると、ちょうど二人の船員が甲板に出てきたところだった。
船の最上部の甲板に立つその二人の目には、紙飛行機のように舞う数々のカモメの背が見えているはずだ。
カモメの背中を見下ろしながら、彼らはなにやらおしゃべりをしている。

反対にぼくはカモメのお腹を見上げながら、かつてあの津波に飲み込まれたことのあるこの港を歩いていた。

 

夏の仙台港。
港の敷地を出て少しすると、そこには線路が走っていた。
踏切から遠くまで伸びるその線路を見つめると、歪(ゆが)んでいるように見えた。

その歪みは震災のせいだったかもしれないしあるいは、地面から立ち昇る熱気のせいだったのかもしれない。

 

ミクロの世界まで目を凝らしてみると多分、全ての線路は「曲がって」いる。
真っ直ぐな線路はないし、真っ直ぐな物差しもない。
真っ直ぐな100メートルコースはないし、真っ直ぐな道路もない。
この世にはそもそも真っ直ぐな直線がない。

ただその事実を人間が見ていないだけし、見ようとしていないだけだ。

 

そして真っ直ぐな人も居ないのだろう。

岡本太郎が言ったように、人間はどこかが必ずひん曲がっているものなのだ。
しかも、絶望的な形に。

「そりが合わない」という言葉があるけれど、つまり人間は「反って」いるものなのだ。
その反りと反りがぴったりくる場合もあるし、ぶつかり合う場合もある。

とにかくその夏に、彼の「そり」とぼくの「そり」は出会った。

ぴったりきたのか、ぶつかり合ったのか。はたまた、そのどっちでもなかったのか。
最近、そのことを忘れそうになっている。
だから、覚えている今のうちに、すこしだけここのスペースを借りて書いておきたい気になった。そういうわけだ。

 

*

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この記事を書いた人
MAZIO

人生の意味を探し続けて30年。考え研究し実践し体験し出た答えは「人生には意味がない。ニンゲンは自由だ」。人を笑わすことが大好きかつ自分が笑うことも大好き。2009年からコーチングのセッションやってて歴10年目に突入。タロットも同じくらい。個人セッション受付中。得意ジャンルは人間関係、お金、目標達成など。

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