カモメの背を見ながら④

追想

身元引き受け人のアケミさんが警察署に到着したとのことだった。刑事が彼女を迎えに行き、席を外す。

一人になり、つかの間。意識が現実から逸れる。遠く南国に暮らす母を思い出す。そして母の姿より母の子宮を想う。死んで、あの中に還り羊水の海で眠りたいと願った。ぼくの霊が子宮口のヴォルテックスに吸い込まれていく。

*

子宮の中に居るぼくは、羊水の岸辺に佇んでいる。目の前の小さなボートに乗り込み、オールを取り漕ぎだす。霧が鬱蒼とたちこめている。視界のない真っ白なその世界で、波にやわらかく揺れる木製のボート。

沖合いに着くと手を止め、立ち上がる。オールを力を込め船底に垂直に突き刺す。それを船体から引き上げると、小さな泉のような勢いで羊水が吹き出した。ぼくはひざまずき液体に口づけし、喉を潤す。塩分を含んだ羊水は徐々に船体を侵し、ボートは静かに沈み始める。

ぼくは霊安室に安置された遺体のように仰向けに横たわり、天を見上げる。ほどなくし霧が晴れ、ピンク色の空には雲一つない代りに、赤や褐色の毛細血管が浮かんでいる。血管は母親の鼓動と同期し、規則正しく脈を打つ。どくどくどく、と子宮の中に爆音が響く。

 

母親がぼくの名前を呼ぶ。あんた、なにしよん。子宮が脈打つ鼓動が激しくなる。恐ろしいほどの数の血管が血しぶきを放ち、まるで荒れ狂った大蛇の大群のようにうねりながら眼前に迫りくる。そのしぶきに打たれぼくは血まみれになる。赤黒い粘力のある液体に掌が染まり、それに鼻に近づけると漆黒の鉄の匂いがした。

心地よさを覚えたぼくは赤ん坊の寝返りのようにばたん、と身体を反転させる。ニシキヘビくらいの太さの血管がぼくの首を絞めつけ、呼吸が苦しくなる。こくり、と首の骨が折れる音が聞こえ、脳から甘いにおいの雨が降りそそいだ。

 

ぼくはうつ伏せのまま、子宮の底に向かって沈んでいく。鼓動の音が遠くなっていく。身体を覆っていた血の塊は洗い流され、もはや羊水とぼくを隔てるものはない。ヴォルテックスが強烈な磁力で身体を引き寄せ、折れた首ををねじる。オールのように硬く勃起した性器が、子宮の壁に突き刺さり、ぼくの動きは止まる。

還ってきたよ、おかあさん。受精したあの時のように、ただただここに戻りたかった。

 

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コメント

  1. オジマ マジオ オジマ マジオ より:

    てすつ