カモメの背を見ながら⑥

追想

オオタニさんは、50歳近くの、小さなファンドを経営している社長だ。お客さんのお金を預かって30億円ほど運用しているという。オオタニさんは今のところ資産が三億「しか」ないのだと言う。せめて六億ないとファンドの仕事をリタイア出来ないのだという。

「早く辞めたいんだけれどね。人に貢献しているという実感もないし。必要な生活費が月に100万で、あと50年生きるとすると、六億ないとね。」

オオタニさんと対照的に当時ぼくの持ち金は三百円に満たなかった。そのお金も、後日たばこ一箱を買ってしまいほぼゼロになることになる。

 

「ホリエはね、ライブドア事件の前に会ったよ。でも彼はぼくの話に乗ってこなかった。どうも理解できなかったみたいなんだね、ぼくの金融工学が。」

「金融工学。あのバフェットとかのですか?」

「そうそう。よかったらお金の増やし方、教えてあげるよ。」

オオタニさんは、「のどごし生」をうまそうに傾け、少しはにかみながら話す。

 

「女優のTが同じマンションに住んでたことあって。時々ゴミ出すときにエレベーターで会うのね。スッピンだと肌ボロボロでひどい顔なんだよ。あの人。」

ひどい顔と言っても、ぼくが警察署でアケミさんに見せたあの顔よりはずいぶんマシなんだろう。

「その高輪のマンションに国税が来てね。朝7時くらいにピンポーンって来たんだよ。こっちはもう電話して『払う』って言ってるんだけど。来たの。全部ひっくり返していった。嫁さんの下着まで全部ひっくり返して帰った。それでね、嫁さん愛想尽きたみたいで『あなたと一緒にいるとアップダウンが激しすぎて耐えられない』って。それでもう離婚。慰謝料は毎月50万払ってるけれど。」

オオタニさんは、細身だ。身長はぼくと同じくらいで、高くない。その奥さんの残していった女物のジーンズを未だに愛用している。

「それで、なんで税金払えないのに家賃100万のマンションに住んでるんだ、って言うから、国税が。だから六本木の50万のところに移ったんだ。」

 

オオタニさんとぼくがこれから従事する仕事は、主に皿洗いだった。
何故これほど金持ちのオオタニさんが、こんな今時の大学生でもやりそうにない、しがない皿洗いのバイトに就業しているのか。その理由は後々わかることになる。

何はともあれ、三億円の男と三百円の男がパートナーとして仕事をし、同じ釜の飯を食い、同じ部屋で寝るという生活が始まったのだった。

 

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