カモメの背を見ながら⑩

追想

夏休みに入り乗船客が増えるにつれ、ぼく達の仕事もなかなか大変になってきた。洗い場に運ばれるトレーや皿の量も度を超す。家族連れ、合宿に行く学生、老人会などの団体客の歓声が朝晩の食堂にこだまする。

 

基本はセルフサービスのレストランである。団体客が一斉に食事を終えると「下げ場」と言われる棚の前は食器を返しに来る人々で、ごった返す。乱雑に食器が乗っかるトレイで溢れかえる、銀色のスチール製の錆びた網状の棚板。

ぼくらはトレーをひとつづつ手に取り、樹脂の食器、ガラスのコップ類、陶器のカップ類、スプーン、フォーク、箸、残飯、ストロー等のゴミなどを慎重かつ素早く仕分けする。下げ場の棚を早く開けないとそこで客が渋滞し、各方面に迷惑がかかる。

ぼくもオオタニさんも作業に飲み込まれ半ばパニックになる。焦りのあまりトレーからコップが床に滑り落ち粉々に割れ、年端もいかない女性船員から叱られることも間々あった。

 

下げ場の仕事が一段落するとそれを女性船員に任せ、二人は厨房内に移動する。

一般的な賃貸マンションのバスタブ3つ分はあろうかという、巨大なシンクにはお湯が並々と張ってある。そこは樹脂製のおもちゃみたいな食器で溢れかえっている。

天候がシケていて船の揺れがひどい日には、その水面が波立ち、おもちゃの食器とお湯がシンクの中でダンスする。シンクに投げ入れられる度に皿たちはカチャカチャとぶつかり合い、宇宙人どうしの会話のような音を立てる。

ぼく達はそこで二手に分かれる。「流し役」と「受け役」に分かれる。つまり、食器を食洗器に流す人と、食洗器から出てきた食器を受けまとめする人、というわけである。

 

その日のぼくは流し役だった。
シンクに両手を突っ込み食器を手に取る。全長3メートルはある業務用食洗器の、ステンレス製のベルトコンベアに次々それをのせる。必ず裏返しにしてのせる。食洗器内部の洗浄湯は主に下から出ているので、裏返しであることがとても大切だった。

食洗器内部に入っていく食器たちは、まるでストレッチャーにうつぶせに寝かされて手術室に運ばれる患者の集団みたいに思える。

食器にしろ患者にしろ、しばらくするとまたストレッチャーかコンベアに乗せられ、すごすごと出てくるのだ。

 

ただ違うのは皿洗いには手術のようなシリアスさが無く、行為が失敗に終わることも稀だということだった。

 

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この記事を書いた人
MAZIO

人生の意味を探し続けて30年。考え研究し実践し体験し出た答えは「人生には意味がない。ニンゲンは自由だ」。人を笑わすことが大好きかつ自分が笑うことも大好き。2009年からコーチングのセッションやってて歴10年目に突入。タロットも同じくらい。個人セッション受付中。得意ジャンルは人間関係、お金、目標達成など。

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