カモメの背を見ながら⑪

つれづれ

洗い上げられた食器は、受け役のオオタニさんのもとに運ばれる。
食器は不ぞろいにコンベアに乗っている。洗いたてのそれらは、ともすれば素手で触れないくらい熱い。
おもちゃのようなお皿やボウルが、キラウエア火山の火口から流れ出たマグマのようにオオタニさんのもとに押し寄せる。

受け役は同じ種類の皿だけをまとめて手に取り、傍のテーブルのような置き場に移す。お椀はお椀だけ、小皿は小皿だけ、大皿は大皿だけ、そんなふうにまとめて四角い洗面器のような容れ物に移す。
ほんとうに手早く動かないと間に合わない。人の動きが遅いと見るや、食器は受け口に我が物顔でのさばりコンベアを止めさせる。
そうやって作業が止まってしまうと、白い制服を着たコック連中が仕方なさそうに手助けしてくれることもある。

 

その白衣のコック連中を見ていると、総じて覇気が無い。ぼくはこの仕事についてすぐに、そのことに気づいていた。

その中に高校出たての男の子がいた。彼は北海道のあの牡蠣で有名な厚岸(あっけし)出身であった。

 

厚岸の彼は、厨房内で明らかにいじめられていた。いじめていたのは、中華包丁をいつも大切そうに携えたKという男だった。

「てめえな、」中華包丁が言う。
「芋取ってきたなら、当然人参も一緒だろうがよう!!!」

「じゃが芋を取ってこい」とだけ厚岸君に命じたはずのK。なぜ人参を取ってこなかった厚岸君に激怒しているのか。意味が不明、というか故意である。そういった不条理な行為が公然と行われていた。

 

閉鎖空間とは、いじめの温床である。被害者は、第三者に助けを求めることが出来ない。加害者もそれをわかっている。来る日も来る日も同じことが続く洋上の密室では、ほかにカタルシスを得るものが見つからない。そのことを栄養に陰湿ないじめが助長されていく。

いじめの病原菌が梅雨の台所に畳んで置かれた生乾きのふきんのような、嫌な臭いを放ちながら繁殖していく。

 

中華包丁のKのことが嫌いだった。Kは人の好き嫌いが激しいらしく、オオタニさんとは笑顔で会話するがぼくには一切愛想がない。

そのほかの連中も、厚岸君をいじめはしないが、Kの暴力を止めない。コック長は死んだような目つきで厨房をウロウロしている。魂を吸い取られたような仕事っぷり、その彼らの、士気のなさというか無力感は、果たしてどこから来るのだろうと日々考えていた。

 

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