なんくるなかった

つれづれ

なんくるなかった⑦

その日は珍しく、1次会で飲み会が終わった。宜野湾の豊年満作という居酒屋で三々五々、だいたいの連中は自分の車を運転で帰る。当時はそれほど飲酒運転に関しては世間の目もさほど厳しくはなかったし、特にオキナワはそうだった。 クラスの飲...
追想

なんくるなかった⑥

その日から10年ほど過ぎた頃、オレ達は都内のはずれで西武多摩川線に乗っていた。とても都内の鉄道路線とは思えないほど閑散としている。三両編成なのに。 ドア付近に立って揺られ、うつむき加減に黒目がちな瞳を合わせてくるミーヤ。話しかけてくる...
追想

なんくるなかった⑤

そんな嫌われ者のリア充ツキノだったが、オレも実はクラスではそれなりにオンナノコに囲まれた生活をしていた。何せ文系なのだ。 ただそのことをアパートに帰って口にしなかったという差があっただけだ。本当に嫌なヤツは、ツキノではなくオレだったの...
追想

なんくるなかった④

「ねえ、アーニー、第二外国語はどうするつもり?」 オレはアパートの連中から「アーニー」と呼ばれていた。 現役入学のツキノが2つ上のオレのことを「兄い(あにい)」と呼んだのが始まりで、そのうちそれが変化し、アパートの全員が...
追想

なんくるなかった③

ここにやってきてびっくりしたのは、みな開放的で人懐っこいということだった。本州から来た人も含め。 オキナワの大学というと地元の人が多そうなイメージがあるかもしれないが、県内と県外の学生比率はだいたい半分半分で、県外生のほとんどは九州の...
追想

なんくるなかった②

ヒラタさんのブリーフから滴る「一番搾り」を浴びる二年ほど前、オキナワにやってきた。 その前は関西のとある私立大学に籍を置いていた。もともと中学も高校もサボりがちだったけれど、親元を離れ自由になったことを境にその性分はさらに加速...
追想

なんくるなかった

いわゆる古めかしい昭和のアパートの、共用玄関口にオレ達は居た。 そこは3畳くらいの広さの板の間になっており、土間には下駄やスニーカーやライダーブーツなどが雑然と並ぶ。 そこにヒラタさんが帰ってきた。白のタンクトップの肩口にはリュック...